第14回「神楽坂はパリのモンマルトルに似てるのか?~続編~」 [火災報知器 小林「小林的geography」]





さて前回に引き続いて神楽坂とパリのモンマルトルの類似性です。
前回書いてから地味に反響があってびっくりしてます。
『東京新選組倶楽部』でおなじみのダーリンハニーの長嶋からはアップされた夜中に
「気づくの遅いよ!おれはフランス産のガレットを食べに行ってるよ!」
というOL顔負けのメールがくる始末。
そんなプレッシャーにも負けじと行ってきました神楽坂。



東西線に乗って神楽坂到着











【ぼろり神楽坂のフィールドワークスタート】

まず東西線の神楽坂の駅を降りたらすぐに坂が待っていた。
その坂を下る手前には「赤城神社」



ここもなかなか丘に近い赤城神社


前回でおこなった事前調査を元に、ターゲットを絞って街を歩く。
それにしても毎度の事ながら、観光マップならまだしも、地形図片手に首からカメラをぶら下げて赤いリュック・・・んーギリギリだね。
そんなこんなで長い事坂を下ると右側に立派なお寺「善国寺」があった。



きれいで素敵な善国寺


この善国寺の脇の道を入っていく。
するとそこには長い坂。



この坂を上ると光照寺


神楽坂の町は駅前の早稲田通りを軸に脇の道が上り坂になったり下り坂になっていて、その脇道にはたくさんの料亭や飲み屋さんなど面白そうなお店がある。

坂を上りきるとそこには「光照寺」があった。



ここが丘にあたるであろう光照寺


お寺に入るのはとても気持ちが凛とするものだ。
なんだか入る手前でいったん気持ちを静めてから入るので中でとても気持ちが凛とする。
このフィールドワークの無事を祈って次の現場に足を運ぶ。











【町並みがモンマルトル】

さて神楽坂の町を歩いていると外人さんによくすれ違う。
そしてそれがカップルや大人同士の確立より親子連れの確率が高い。
これはぼくが歩いた時間帯がたまたまそうなのかもしれないが、親子連れで歩いているという事はこの街に住んでいる確立が高いということになるだろう。

そしてこの街にはフランス料理屋さんが多いのにもびっくりした。
ぼくの町練馬にはフランス料理のお店なんてなかなか聞いた事がない。
それがドデーン!とあるのではなく気軽にひょいっと構えているのだ。







さりげなくフランス料理


これなら気軽に入れるし緊張する事もなさそうだ。
言い忘れていたが、モンマルトルはパブロ・ピカソなどが製作の拠点とした芸術の街でもあるのだ。
そんな芸術的な町の片鱗を神楽坂も見せている。
歩いているとアトリエがあったり個展をひらいていたりと、芸術にふれることができる。



こんな素敵な絵画教室がある


ここまでくるとぼくもだいぶ気分はフランス気取りなのだろう。
こんなものまでフランスに関係があるのかと思ってしまう。



青と白と赤がフランスの国旗に見えてしまう











【日本の中のフランス!日仏学院】

このまま歩きながら目指す日仏学院のある市谷の方向に足をのばす。
歩いているとまさにアメリ!的な女の子に遭遇!
本物よりだいぶ若いがまさに神楽坂のアメリ!
そう思い声をかけてみた、「ワン、ピクチャー、プリーズ」
一生懸命に搾り出した英語がこれである。
もちろん女の子は走って逃げてしまった。
なんだこの気持ちは!見るな!東京理科大生!笑うな!東京理科大生!
そんなんしているうちにつきました日仏学院。





ここが日本の中のフランス!日仏学院


じゃっかん緊張気味に学院の中へと入っていった。
するといきなり自動販売機の前には何人かの外国の方々!
そのまま歩いていくと校舎を発見、おそるおそる中に入っていくとそこはまさに未知の世界。
1階がラウンジみたいになっていてそこにはカフェでお茶をする外国の方々と日本人。
もちろん話している言葉は英語とフランス語たまに日本語。
そしてその隣にはこんな売店



もはや学校の売店レベルではないおしゃれ売店


パンフレットを貰い、フランスに憧れている学生だと思われる。
しかしこの時点でしっかり憧れてしまった。
フランスに行きたくなった!
とういうよりまずはここに通いたい!そう思ってしまった。



勉強だけじゃない!日仏学院!


日仏学院を後にして市ヶ谷駅へと向かう途中、セーヌ川に見立てた江戸城外堀跡の横を歩いていたら沸々と神楽坂がフランス、モンマルトルに見えてきた。



日本のセーヌ川











【まとめとあとがき】

今回のフィールドワークの終点、市ヶ谷にある法政大学。
実はここにも神楽坂一帯がフランスみたいになった秘密があったのだ。
明治16年(1883年)に明治政府がフランスのパリ大学から呼んだ法律顧問のボアソナード博士が法政大学の教頭になったことから、法政大学(当時、東京法学校)は「フランス法学」を校是とし、いろいろな変成をへて現在の法政大学になったのだ。
なので日仏学院ができる以前から神楽坂一帯にはフランスとの関わり合いがあったのだ。



終点の法政大学


町並みが似ていたりフランス料理店が多いのも100年以上の歴史が生んだものだったのだ。
ますますフランスに行きたくなってしまった。
そしてもう一度行って見たいな神楽坂。
ダーリンハニーの長嶋にガレットをご馳走になりに行こう♪







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